エキセントリックな大家さん・その1

イギリスに留学していた際、下宿していた家の大家(Landlord)は、奇人変人(eccentricity)レベルの非常な変わり者でした。ですから、たくさんの逸話があり、一度では収まりきらないので、今回は第一回目としまして、ちょっとイカレた、エキセントリックな大家さんの生い立ちからお話ししたいと思います。

彼の名前は J としておきます。まだ存命だからです。J は極めて裕福な家庭に生まれました。父親は貴族ではありませんでしたが、ナイト(Knight)の称号を持ち、だれでも知っている某大企業の会長でした。父親の兄は別の分野で大変有名な人だったのですが、ここをハッキリさせてしまうと、人物が特定されてしまうので伏せておきます。父親の妻、つまり J の母親もまた、財閥クラスの家庭出身でした。ですから J は一言でいえば「中流の上」(Upper Middle)の家庭出身といえるのです。


このような家庭環境に生まれた子供の常として、J は寄宿学校(Broding School)に入れられました。


通常、イギリスで寄宿学校に入るのは12-3歳からですが、第二次世界大戦の戦時下という状況と家庭の事情もあり、なんと4歳から、寄宿学校で暮らすこととなりました。大家さん自身も言っていたことなのですが、このような寂しい幼少時代の体験が、後の彼の人格形成に多大な影響を与えたことは言うまでもありません。当時の寄宿学校は軍隊のような場所だったようで、上級生からの鉄拳制裁もしばしばあったようです。過度の「自由に対する希求」はこの時に養われたものとなります。


寄宿学校卒業後は、大方の卒業生がそうであるように、オックスフォード・ケンブリッジ大学(Oxbridge)へ進学しました。大家さんは前者に進んだのですが、勉強もそこそこに演劇に明け暮れていたようですし、期待していたほど楽しい大学生活ではなかったようでした。大学では英文学を専攻していたのですが、授業スタイルがつまらなかったようで、卒業後しばらくしてからUniversity College of London つまり UCL で再び勉強し、ここで初めて勉強の面白さを知ったそうです。

そして、UCL 卒業後、ついに全ての Upper Middle の家庭に課せられた「義務教育」から解放された J は、自由を求めて羽ばたき始めます。はたして選んだ職業とは…